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ポリアモリーとは?結婚後の複数愛という新しい関係性の形

「愛する人は一人だけ」という考え方は、本当に絶対的なものなのでしょうか。

この問いを投げかけられたとき、多くの人は戸惑うかもしれません。結婚とは一対一の関係であり、配偶者以外の人を愛することは「浮気」であり「裏切り」である。私たちはそう教えられて育ってきましたし、社会もそれを前提として成り立っています。

けれども、世界を見渡すと、従来の結婚観とは異なる関係性を選ぶ人々がいます。ポリアモリーやオープンマリッジと呼ばれる関係性です。これは単なる「不倫」や「浮気」とは根本的に異なり、すべての関係者が合意のもとで、透明性を保ちながら複数の愛を育むという選択です。

今日は、この複数愛という関係性について、その哲学や実践、そして当事者たちが直面する葛藤と成長について、じっくりとお話ししていきたいと思います。


まず、基本的な概念を整理しておきましょう。

ポリアモリーという言葉は、ギリシャ語の「poly(複数の)」とラテン語の「amor(愛)」を組み合わせた造語です。複数の人との間に情緒的な愛と深い関係性を持ち、それをすべてのパートナーが認識し承認している状態を指します。ここで重要なのは、性的な側面だけでなく、精神的な繋がりを重視しているという点です。

一方、オープンマリッジは少し異なります。これは夫婦間の関係を基盤としつつ、性的な自由を互いに認めている状態です。情緒的な繋がりは主に夫婦間にあり、外部との関係は性的なものに限定されるケースが多いようです。

どちらの形態も、総称して「倫理的非モノガミー」と呼ばれることがあります。この「倫理的」という言葉が重要です。すべての関係者が嘘偽りなく、誠実にルールや境界線を設定し、その上で関係を維持する。そこには高度な倫理観とコミュニケーション能力が求められます。

興味深いのは、複数愛の実践者たちの間で使われる「コンパージョン」という概念です。これは、パートナーが他の人と親密になることに対して感じる感情を表す言葉ですが、嫉妬とは正反対のものです。パートナーが他の人との関係で幸福になることを、心から喜ぶ感情。従来の価値観からすれば理解しがたいかもしれませんが、複数愛を実践する人々にとっては、この感情こそが関係性を支える土台となっています。


では、複数愛を選んだ人々は、実際にどのような体験をしているのでしょうか。

ある夫婦の話を聞いたことがあります。結婚10年目を迎えた二人でした。妻が職場で別の男性に惹かれ始め、それを正直に夫に打ち明けたそうです。

最初、夫は強い嫉妬と裏切られた感覚に襲われました。当然の反応でしょう。しかし、妻が「この新しい関係は、あなたへの愛を否定するものではない」と誠実に伝え続けたことで、二人は対話を重ねていきました。妻は、新しい関係によって自己肯定感が上がり、むしろ家庭にも余裕を持って向き合えるようになったと話したそうです。

長い話し合いの末、二人はオープンマリッジの道を選びました。夫が最終的に受け入れられたのは、「妻が自分に嘘をつかない」という絶対的な信頼があったからだと言います。彼らは毎週「チェックイン」の時間を設け、お互いの感情や新しいパートナーとの状況を隠さず話し合うルールを徹底しています。

もう一つ、印象的な話があります。ポリアモリーの関係を築いている夫婦の話です。夫には別のパートナーがおり、妻には特定のパートナーはいませんでしたが、妻は夫の関係を積極的にサポートしていました。

ある時、夫のパートナーが体調を崩したそうです。妻は、夫が仕事で動けない代わりに、そのパートナーの家にお見舞いの品を届けました。従来の「ライバル」という概念では説明できない行動です。妻は「夫が幸せなら、その相手も大切にしたい」という気持ちで自然に動いたと言います。

この話を聞いたとき、私は複数愛というものの本質を少し理解できた気がしました。それは「チーム」として機能する関係性なのです。パートナーの幸せを願い、その幸せに貢献する人をも大切にする。そこには、排他的な所有欲とは異なる、広がりのある愛の形があります。


もちろん、複数愛の道は平坦ではありません。むしろ、一対一の関係にはない独特の困難が待ち受けています。

まず、嫉妬の問題があります。嫉妬は人間として自然な感情ですが、複数愛ではそれを否定するのではなく、「なぜ自分は嫉妬するのか」を深く掘り下げ、パートナーと建設的に話し合うことが求められます。これは並大抵のことではありません。

時間の分配という現実的な問題もあります。すべてのパートナーに対して公平に時間とエネルギーと愛情を分配すること。限られた24時間の中で、複数の大切な人との関係を維持するには、厳密な時間管理と深い思いやりが必要です。

そして、社会的な目という壁があります。親族や職場の理解を得ることは極めて難しく、関係性を公にできないことによる孤立感やストレスを感じる人も少なくありません。

あるカップルは、オープンマリッジを始めた当初、「家庭外での関係は、家庭内に持ち込まない」というルールを設けていました。しかし、妻が新しいパートナーに情緒的にも深く関わり始めたとき、このルールは破綻しました。夫は「これは約束違反だ」と動揺し、二人の関係は危機を迎えました。

彼らは関係を一時停止し、徹底的に話し合いました。肉体的な関係だけでなく、感情的な深さについても、どこまでがお互い許容できる境界線なのか。その作業は苦しいものでしたが、結果的に二人は新しいルールを構築し、以前よりも強い絆で結ばれるようになったそうです。

この経験から彼らが学んだのは、ルールは一度決めたら終わりではないということ。関係性の変化に合わせて常にアップデートし続ける必要があるということでした。


複数愛という関係性は、私たちに重要な問いを投げかけています。

排他性は愛の絶対条件なのか。物理的な排他性がなくても、深い信頼と献身的な愛は成立し得るのではないか。

嫉妬や不安といったネガティブな感情を、自己理解とパートナーとの関係を深めるための「成長の機会」と捉えることはできないか。

愛の形は、本当に一つしかないのか。

これらの問いに対する答えは、人それぞれでしょう。複数愛を選ぶ人もいれば、一対一の関係こそが自分にとって最も自然だと感じる人もいる。どちらが正しいということではなく、それぞれが自分にとっての「愛の形」を模索し、選択していく。それが現代における関係性のあり方なのかもしれません。

一つ確かなことがあります。複数愛は、単純な自由の追求ではないということです。むしろ、強固な信頼、絶え間ない対話、そして関係者全員の幸福を尊重するという、高いレベルでの人間的成熟が求められる関係性です。

パートナーに嘘をつかない。自分の感情に正直に向き合う。相手の幸せを心から願う。これらは、実は複数愛に限らず、あらゆる人間関係において大切なことではないでしょうか。

複数愛という選択肢が存在すること、そしてそれを誠実に実践しようとしている人々がいること。その事実を知ることは、私たち自身の愛や関係性について、改めて考えるきっかけになるのかもしれません。

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