「この人のことは大好き。でも、恋愛感情かと聞かれると、なんか違う気がする」
誰かのことを好きだと感じているのに、それが恋なのかどうか分からない。そんなモヤモヤした感情に、心当たりのある方は意外と多いのではないでしょうか。
友達以上、恋人未満。そんな言葉では片付けられないほど、その人は自分にとって特別な存在なのに、いざ「付き合う」となると何かが引っかかる。手を繋ぐ姿を想像してみても、しっくりこない。周りから「お似合いだよね」と言われるたびに、なんだか居心地が悪くなる。
この感情の正体は、いったい何なのでしょうか。
実は、「好きだけど恋愛じゃない」という感情には、いくつかの心理的なパターンがあることが分かっています。今回は、その5つの心理パターンを詳しく紐解きながら、あなた自身の気持ちを整理するお手伝いができればと思います。
まず最初に知っておいてほしいのは、「人間として大好き」と「恋人として好き」の間には、思っている以上に深い溝があるということです。
私たちは普段、「好き」という言葉をひとくくりにして使いがちですよね。でも実際には、好きという感情にはいくつもの種類があって、それぞれが全く異なる脳内物質によって引き起こされているんです。
恋愛初期のドキドキ感は、ドーパミンという興奮や快感をもたらす物質が関係しています。一方で、家族や親友に対して感じる安心感は、オキシトシンという信頼や安らぎをもたらす物質によるものです。
つまり、同じ「好き」でも、脳の中では全く別のことが起きているわけですね。
では、具体的にどんな心理パターンがあるのか、一つずつ見ていきましょう。
一つ目は、安心感がドキドキを上回っているパターンです。
これは、相手と一緒にいるとものすごく落ち着く、何時間一緒にいても疲れない、無言の時間も全然気まずくない。そんな関係性の場合に起きやすい心理です。
一緒にいて楽なのは素晴らしいことなのですが、その反面、相手に対して性的な魅力や緊張感を感じられなくなっている状態とも言えます。恋愛のスイッチを入れるためには、ある程度の「ドキドキ」や「緊張」が必要なのですが、この相手に対してはそれが全く湧いてこない。
分かりやすい判断基準として、相手と手を繋いでいる姿を想像してみてください。もし「なんか違う」「想像するだけで笑ってしまう」という反応が出るなら、このパターンに当てはまる可能性が高いでしょう。
相手のことは大切に思っているのに、恋人同士のスキンシップを想像すると違和感がある。これは、相手を家族のように、あるいは親友のように感じているからこそ起きる現象なんです。
二つ目は、憧れや推しとしての好き、つまり尊敬の念が強すぎるパターンです。
相手の能力や才能、人柄を深く尊敬していると、その感情が恋愛と混同されやすくなります。でも、よく自分の気持ちを観察してみると、「手に入れたい」「独占したい」という欲求ではなく、「見ていたい」「応援したい」「輝き続けてほしい」という感情であることに気づくかもしれません。
このパターンの特徴的なのは、相手があまりにも眩しすぎて、対等な関係になること自体が「恐れ多い」と感じてしまう点です。いわば、相手を祭壇に飾っておきたい心理とでも言いましょうか。自分の日常という「俗世」に、相手を引きずり下ろしたくないと感じてしまうんですね。
尊敬と恋愛は、似ているようで実は全く別の感情です。相手に対して「付き合いたい」より「ずっとあの場所で輝いていてほしい」という気持ちが強いなら、それは恋ではなく尊愛かもしれません。
三つ目は、防御本能による回避パターンです。
これは少し複雑で、実は恋愛感情の種はあるにもかかわらず、無意識のうちにブレーキをかけてしまっているケースです。
なぜブレーキをかけるのかというと、「今の完璧な関係を壊したくない」という恐怖が勝っているからなんですね。現状維持バイアスと呼ばれることもあります。
「恋人になって、もし別れたらどうしよう」「この関係が壊れるくらいなら、一生の親友でいたい」そんな思いが、恋愛感情に蓋をしてしまっている状態です。
喪失への恐怖は、人間にとって非常に強い感情です。特に、相手との関係がすでに素晴らしいものであればあるほど、「今以上を求めて全てを失うリスク」を取りたくないと感じるのは自然なことかもしれません。
ただし、このパターンの厄介なところは、本人が「恋愛感情じゃない」と思い込んでいても、実際には抑圧しているだけという可能性があることです。もし相手が他の誰かと付き合い始めたら、予想以上に動揺する自分に気づくかもしれません。
四つ目は、生理的な性愛が欠如しているパターンです。
話は合うし、顔だって好みかもしれない。一緒にいて楽しいし、人間的にも尊敬している。でも、どうしても「そういう関係」になることが想像できない。
このパターンの人がキスやより親密なスキンシップを想像したとき、生理的な拒否反応が出るか、あるいは「無」の感情になることが多いです。何も感じない、という状態ですね。
これは理屈ではどうにもならない、本能的な選別と言えるかもしれません。遺伝子レベルでの相性というものは確かに存在していて、いくら頭で「この人と付き合えばうまくいくはず」と思っても、体が反応しないことがあるんです。
友達としては最高なのに、恋人としてはどうしても見られない。そんな相手がいるとしたら、このパターンに該当している可能性があります。自分を責める必要はありません。それは、あなたの本能が出している正直な答えなのですから。
五つ目は、相手が自分の鏡になっているパターンです。
これは、相手と自分が似すぎているがゆえに起きる現象です。価値観も、趣味も、考え方も、笑いのツボも、驚くほど一致している。まるで双子のような感覚で、相手の考えていることが手に取るように分かる。
一見、理想的な関係に思えますよね。でも、あまりにも似すぎていると、相手を愛することは自分を愛することと同義になってしまうんです。
自分自身と恋愛することはできませんよね。それと同じで、鏡のような相手に対しても恋愛感情を持ちにくくなります。理解者としては最高なのですが、異性としての刺激、つまり未知なるものへの興味や好奇心が欠落してしまっているんです。
恋愛には、ある程度の「分からなさ」「予測できなさ」が必要なのかもしれません。相手の全てが分かってしまうと、ミステリアスな魅力が失われてしまうのでしょう。
さて、ここまで5つのパターンを紹介してきましたが、実際の体験談も見てみましょう。どのパターンに当てはまるか、より具体的にイメージできるかもしれません。
ある女性は、大学時代にいつも一緒にいる男友達がいたそうです。周囲からは「付き合ってるんでしょ」と言われるほど仲が良く、彼女自身も「彼以上の理解者はいない」と思っていました。
ある日、彼から告白されたとき、彼女は試しに顔を近づけてみたそうです。その瞬間、生理的に笑いがこみ上げてしまったと言います。彼を大切に思う気持ちは嘘じゃないのに、唇が触れることへの拒絶感が強烈だった。
結局、彼とは親友のまま。今ではお互いの配偶者を含めて家族ぐるみの付き合いをしているそうです。
また、別の女性は3年付き合った彼氏に対して、不思議な感情を抱くようになりました。同棲して家族同然の関係になり、彼の全てを受け入れられるほどの信頼関係がありました。
でも、彼に抱きしめられても心がときめかない。いつの間にか、彼への愛情が「親や兄弟に対する愛」にスライドしてしまっていたんです。
彼のために何でもできる。でも、彼と恋人としての関係を続けることはできない。そんな矛盾に苦しみながら、彼女は別れを選びました。
職場の先輩を深く尊敬していた女性の話もあります。彼の言葉一つ一つに救われ、彼女にとって彼は特別な存在でした。
周囲に「好きならアタックしなよ」と言われ、一度デートに行ったそうです。でも、横に並んで歩くのが申し訳なくて、常に半歩後ろになってしまう。その時、彼女は気づいたんです。「私は彼を日常に引きずり下ろしたくないんだ」と。
彼女にとって、その先輩は恋愛対象ではなく、神様のような存在だったのでしょう。
では、あなた自身の感情を見極めるために、いくつかの問いかけをしてみましょう。
相手が他の異性と親しくしているところを見たとき、どう感じますか。胸が痛んで独占したくなるなら、それは恋愛感情の可能性が高いです。一方、「お似合いだな」「幸せになってほしいな」と純粋に思えるなら、それは友愛に近いかもしれません。
相手との身体的な接触について考えてみてください。触れたい、触れられたいと思いますか。それとも、ハグまでは良くても、それ以上は「なんか違う」と感じますか。
相手に見返りを求めていますか。自分のことを特別扱いしてほしいと思うなら恋愛感情、相手が元気でいてくれればそれでいいと思えるなら友愛の傾向があります。
相手との未来を想像したとき、生活を共にして老いていく姿まで思い描けますか。それとも、たまに会って楽しく話せれば十分だと感じますか。
相手の欠点を知ったとき、どう感じますか。欠点さえも愛おしいと思えるか、あるいは許せないほど感情が揺さぶられるなら恋愛感情。「まあ、そういうところあるよね」と冷静に受け流せるなら、友愛かもしれません。
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